大相撲の大銀杏はなぜ関取だけ?結える条件と床山が明かす伝統の裏側
国技館の土俵上、力士たちが一礼して仕切る際にひときわ目を奪うのが、頭頂部で華やかに扇状に広がる「大銀杏(おおいちょう)」です。漆黒の髪に艶やかな光沢を与え、バニラにも似た甘い香りを放つこの髷(まげ)は、単なるヘアスタイルではなく、厳しい勝負の世界を生き抜いた者だけに許される格式と名誉の象徴となっています。
大相撲の世界において、なぜ大銀杏は「十両以上の関取」でなければ結うことが許されないのでしょうか。スピード出世で髪の長さが足りない力士や、薄毛に悩む力士はどう対処しているのか、そして髷を結い上げる専門職「床山(とこやま)」の職人技と待遇事情まで、伝統の奥底に秘められた真実を徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:大銀杏は原則として十両以上の「関取」のみが本場所の土俵で結える特権であり、幕下以下の力士養成員は普段「ちょんまげ」しか結えない。
- 要点2:髪の長さが足りないスピード出世力士は「ざんばら髪」で土俵に上がり、薄毛力士には床山の高度な職人技(すき櫛や逆毛の技術)が施される。
- 要点3:相撲界を裏で支える専属職人「床山」は約50名の完全定員制であり、特等から五等までの厳格な階級社会の中で伝統技法を継承している。
【大銀杏とちょんまげの違い】大相撲における髪型の種類一覧と歴史・由来
相撲ファンの間でも混同されがちですが、力士の髪型には明確な区分が存在します。相撲の髪型種類一覧を紐解くと、日常的に結われる一般的な「ちょんまげ(丁髷)」と、本場所の取組や公式行事で結われる「大銀杏」の2種類が基本軸となります。
大銀杏の歴史と由来は、江戸時代中期の元禄年間から化政文化期にかけて庶民や武士の間で流行した髷のバリエーションに遡ります。髷の先端を広げて銀杏の葉の形に見立てた華美な造形は、当時の歌舞伎役者や伊達男たちの間で大流行しました。明治維新の散髪脱刀令を経て一般社会から髷が消滅した後も、大相撲では神事と伝統芸能の様式美を守るため、力士の象徴として大銀杏と丁髷が現在まで受け継がれています。
大銀杏とちょんまげの最大の違いは、頭頂部で作られる扇状の「広がり」と、髷を折り返す際の構造にあります。丁髷は元結(もとゆい)で束ねた髪をそのまま前方に折り返して平たく留めるシンプルな構造ですが、大銀杏は髷の先端(髷尻)を扇状に大きく開き、イチョウの葉のような見事な曲線を形成します。この優美な広がりを作るには、卓越した職人技と十分な毛量・長さが必要不可欠です。

なぜ十両以上の関取しか結えないのか?格式と「幕下以下の例外」を徹底検証
大相撲において大銀杏を結える条件が「十両以上の関取」に限定されている理由は、相撲界における徹底した身分制度と格式の厳格さにあります。
十両以上の関取は、日本相撲協会から月給が支給され、付き人を従え、個室を与えられる「プロの一人前」として扱われます。一方、幕下以下の力士は「力士養成員」と呼ばれ、給与ではなく場所手当のみで生活する修業中の身です。大銀杏は、土俵入りや本場所の取組という神聖な晴れ舞台において、一人前の武士に匹敵する品格と権威を示す正装と位置づけられているため、身分が未熟な力士養成員には原則として許可されません。
しかし、制度の裏側には幕下以下でも大銀杏を結える明確な例外が存在します。日本相撲協会の慣例に基づき、以下の特殊なシチュエーションでは力士養成員であっても大銀杏を結うことが認められています。
- 弓取り力士:結びの一番の後に弓取り式を務める力士(通常は幕下力士が担当)。
- 巡業の初っ切り(しょっきり):地方巡業などで相撲の禁じ手をコミカルに実演する幕下以下の力士。
- 十両昇進確定後の断髪式・記念行事:幕下に陥落して引退したものの、過去に関取在位経験がある力士の断髪式。
- 本場所の十両取組への出場:幕下上位力士が十両力士と対戦(こと十両)する場合でも、原則は通常の丁髷で土俵に上がるが、特別な興行上の配慮がなされるケース。
【比較データ】大相撲における階級・髪型・待遇格差の全貌
大相撲における階級ごとの髪型と身分格差を整理すると、大銀杏がいかに高いステータスであるかが客観的データからも浮き彫りになります。
| 階級区分 | 本場所で結う髪型 | 担当する床山の格 | 身分・月給の有無 |
|---|---|---|---|
| 横綱・大関・三役・前頭(幕内) | 大銀杏(取組・土俵入り) | 特等床山・一等床山が中心 | 関取(有給:月額140万〜300万円超) |
| 十両(十枚目) | 大銀杏(取組・土俵入り) | 二等床山・三等床山など | 関取(有給:月額約110万円) |
| 幕下・三段目 | 通常の丁髷(例外時のみ大銀杏) | 三等〜五等床山 | 力士養成員(無給:場所手当のみ支給) |
| 序二段・序ノ口 | 通常の丁髷(髪が短い場合は不完全な髷) | 四等・五等床山・見習い | 力士養成員(無給:場所手当のみ支給) |

【職人技の実態】床山が明かす大銀杏の結い方と鬢付け油の秘密
力士の象徴である美しい大銀杏は、各相撲部屋に所属する専属の専門職人「床山」の手によって一つひとつ手作業で結い上げられます。
大相撲の床山による大銀杏の結い方は、極めて緻密な工程を踏みます。まず、力士の髪に霧吹きで水分を含ませ、「すき櫛(梳き櫛)」を用いて髪の絡まりを徹底的に解きほぐします。続いて適量の「鬢付け油(びんづけあぶら)」を手掌で温めながら髪全体に均一に塗り込みます。その後、「前髪」「鬢(左右の側頭部)」「髷尻」を緻密に引き揃え、和紙を撚って作られた頑丈な「元結(もとゆい)」で頭頂部を強固に結束。最後に「髷棒(まげぼう)」や専用の櫛を駆使して、先端を放射状に美しく広げて扇形を整えます。
相撲部屋の朝稽古や本場所の支度部屋に漂う独特の甘い芳香は、伝統の鬢付け油によるものです。日本相撲協会御用達として知られる「オーミすき油」などは、ナタネ油やモクロウ(ハゼノキの実から抽出した油脂)をベースに、バニラ調の香料が調合されています。この油は単なる整髪料にとどまらず、激しいぶつかり合いでも髷が崩れない強力な固定力と、頭部への衝撃を和らげるクッションの役割を果たしています。
なお、床山の階級と年収事情も力士同様に完全な実力・年功序列社会です。定員は約50名に厳しく制限されており、階級は「特等床山(定員2名以内)」から「一等〜五等床山」に分かれています。日本相撲協会職員としての俸給表に基づき、見習い・五等床山の初任給水準(年収約200万〜300万円台)からスタートし、長年の修練を重ねて横綱や大関の髷を一手に担う特等床山クラスになると、年収は700万〜800万円前後に達します。
現場のリアル|「髪の長さが足りない」「薄毛」に直面した力士たちの裏事情
大銀杏を結うためには、一般的に頭頂部から背中にかけて約30cm以上の髪の長さが必要とされます。しかし、近年の学生相撲出身者や類まれなスピード出世を果たす超有望力士の場合、「十両に昇進したのに髪の長さが足りない」という事態が頻繁に発生します。
かつての遠藤や尊富士、大の里といった怪物級のスピード出世力士たちは、新十両昇進時、さらには新入幕の土俵入りを迎えても髪が伸びきらず、大銀杏はおろか通常の髷すら結えない「ざんばら髪(切り揃えられていない散髪状態)」のまま土俵に上がり、大きな話題を呼びました。関係者の証言によると、「髷を結えないまま関取として活躍する姿は、むしろ圧倒的なスピード出世の証として相撲ファンから熱狂的に歓迎される」という側面もあります。
一方、ベテラン力士や体質的に頭髪の後退が進んだ力士にとって、大銀杏と薄毛(ハゲ)の問題は切実な死活問題です。元小結・舞の海氏や元大関・栃東(現玉ノ井親方)をはじめ、頭頂部が薄くなった力士に対し、ベテラン床山たちは神業とも言えるリカバリー技術を発揮します。
「側頭部や後頭部の残された髪を巧みに前方へ引き寄せ、鬢付け油とすき櫛で逆毛を立ててボリュームを出し、元結の結束位置をミリ単位で微調整して見事な大銀杏に仕立て上げる」という職人技は、まさに床山の真骨頂です。大相撲の舞台裏では、力士の尊厳を守るため、床山と力士の深い信頼関係に基づいた知られざるドラマが日々繰り広げられています。

人生の象徴としての髷|断髪式で大銀杏に鋏を入れる瞬間と深層心理
力士が引退を決意した際に行われる「断髪式」において、最後に床山の手で結い上げられるのが人生最後の大銀杏です。
土俵中央の椅子に座り、後援会長や親方、恩師、家族ら数百名の手によって大銀杏に鋏(はさみ)が入れられていくプロセスは、単なる散髪ではなく、過酷な勝負の世界からの「解放」と「社会人への生まれ変わり」を意味する厳粛な通過儀礼(イニシエーション)です。最後に師匠の親方が髷の根元を切り落とす瞬間、力士が涙を流す光景は、自身の青春とアイデンティティそのものと決別する心理的バウンダリーの移行を象徴しています。
【プロの結論】相撲文化の奥深さを味わうための鑑賞視点
現代のスポーツエンターテインメントが機能性やスピードを最優先する中で、大相撲が頑なに大銀杏の結髪文化と身分制度を守り続ける理由は、勝負論を超えた「文化的様式美」にあります。土俵上の勝敗だけでなく、力士の頭上に整然と輝く大銀杏の張り具合、漂う鬢付け油の香り、そして新十両のざんばら髪から堂々たる大銀杏へと成長していく物語に目を向けることで、大相撲という神事芸能の真の深みを堪能することができます。
【大 銀杏 相撲】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:新十両に昇進しても髪の長さが足りない力士はどうやって土俵に上がる?
A1:髪が伸びて大銀杏が結えるようになるまでは、通常の「ざんばら髪」や結える範囲での不完全な丁髷で土俵に上がります。これはスピード出世を果たした強豪力士ならではの名誉ある光景として親しまれています。
Q2:大相撲の鬢付け油の甘い匂いは洗髪ですぐに落ちる?
A2:非常に粘度が高く不溶性のモクロウが含まれているため、市販のシャンプー1回程度では落ちません。力士たちは熱い湯で油を浮かせ、固形石鹸や専用の強力なシャンプーを使って何度も丁寧に洗い流します。
Q3:幕下の力士が本場所で大銀杏を結うことは可能?
A3:原則として不可能です。本場所の土俵で大銀杏を結えるのは十両以上の関取のみです。ただし、弓取り式を務める幕下力士や巡業の初っ切りを担当する力士など、決められた儀礼的例外においてのみ結うことが認められています。
まとめ:大相撲の様式美を支える伝統技術とこれからの見どころ
大相撲の象徴である大銀杏は、過酷な競争を勝ち抜いて「関取」の座を掴み取った力士だけに許される最高峰の栄誉です。その優美な扇形のシルエットの裏には、専任の職人である床山の卓越した技術、伝統の鬢付け油の機能性、そして力士一人ひとりが歩んできた壮絶な出世の軌跡が刻み込まれています。
本場所を観戦する際は、力士たちの白熱した取組とともに、頭上に美しく結い上げられた大銀杏の造形美と、国技館に漂う甘やかな香りの文化にもぜひ注目してみてください。 (出典: 大 銀杏 相撲(Yahoo!ニュース))